地元連中と話していた時に出たのネタなのですが、東京タワーって建設の時に使われたものが意外でした
そして、ちょっと調べてみました
今でも東京の夜景には欠かせないのでは?と思っている田舎のオジサンですが
東京タワー、名前を公募した際に一番多かったのは「昭和塔」だったそうです
正式名称は日本電波塔と呼ぶそうな
さて、このタワー建設は1957年(昭和32年)に始まったそうです(一応、自分はまだ生まれていませんよ…)
建設が開始されたが、当時の日本はまだまだ鉄が不足していました
建設開始前(1953年・昭和28年)に朝鮮戦争が休戦となった
戦後に米軍の軍需物資が大量に流れてきた中に旧式戦車があったそうで、これを本国に輸送するより新型を作りたいから売却したい…
日本としては鉄不足を何とかしたい…そんな双方の思惑が一致した様で、M4シャーマンとM47パットン等90台が売却されたそうで
という事で、意外な材料って米軍の戦車だったんですね
これを溶かして、タワー展望台より上部に使用
元が戦車だっただけに、特殊鋼を使っていたので良質だったとか
上部は特に丈夫にできているみたい
しかし、建設中の画像を見て思った…
職人さん達、命綱してない様に見えるのですが
命綱があったとしても、高いし怖すぎる…
他にも東京タワーの色の塗り分け方が、当時と現在とでは違うのだとか
当時は7等分で現在は11等分に塗り分けられている
これは、周囲に高層ビルが立ち並んだ為に、航空機からの視認性を考慮したのだとか
ペンキの量も半端ではなく、約33000ℓ使っている
一斗缶にして約1833缶の計算になる
しかも、空中飛散を考慮して刷毛で手塗りで約1年かかる
これもちょっとビックリな話ですね
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